2026年8月30日 説教「主のことば」 “The Word of the LORD”

箇所 Text: サムエル記第一3章1~21節 聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会 説教者:百瀬ジョザイア 招詞 Call to Worship:イザヤ55章10~13節 讃美歌 Hymns:67、286、284、542番 交読文 Responsive reading:22番 詩95篇(Psalm 95)

English Aids: Scripture (ESV Bible), Japanese hymn transliterations (some songs may be missing) 

※原稿と実際の語られる説教が異なることがあります。また、短期間掲載の上、削除の予定です。ご理解ください。

313節 国の状態、エリ・サムエルの状況 1節 2章の背景:エリの二人の息子たち、エリの中途半端な忠告、無名の預言者の忠告。サムエルは若くても、忠実に仕えている姿。さらに、国の状態も1節に書かれています。「そのころ、【主】のことばはまれにしかなく、幻も示されなかった。」人は、自分を造られた主なる神様自らの自己表現を受けない限り、その存在と関係を持ち、幸せに生きることができません。そういう「啓示」はモーセが書き留めていた聖書数巻はあったでしょうが、他に預言者が新しい教えを受けて人に伝える預言や幻はあまりありませんでした。2節でエリの霊的状態をでもほのめかすように、「彼の目はかすんできて、見えなくなっていた。

3節 「神のともしびが消される前」は、おそらく夜明けの少し前の時間だったでしょう。※⑴ サムエルが「神の箱」近くで寝ていましたが、その箱は、4〜6章の主人公とも言える、神のことばの記録が保管されて、神様が臨まれる聖なる箱でした。サムエルは地理的に、自分の家にいたようのエリ(2節)より、神様と神様のことばの近くにいました。

349節 ヤハウェ(主)の呼びかけ・サムエルの誤解・エリの気づき さて、その背景で、教会学校に行くと有名な話があります。3回、繰り返して、主なる神様はサムエルに呼びかけ、サムエルはエリの声と聞き間違えて、エリを起こして、エリに「寝なさい」と言われます。しかし、エリは8節の3回目で、主がサムエルに語っておられるだろうと気づきます。9節で、サムエルが応答するように命じます。

31018節 ヤハウェのみ言葉とサムエルの二つの応答 10節の後半<サムエルは「お話しください。しもべは聞いております」と言った>と有名な箇所ですが、サムエルの応答の前に何があったのでしょうか。<【主】が来て、そばに立ち、これまでと同じように、「サムエル、サムエル」と呼ばれた。>神様の啓示は稀だったと1節が述べました。しかし、神様ご自身が「そばに立ち…呼ばれた」のです。主のことばを述べて、託してくださいました。※⑵

 どんなことばかは、11〜14節が教えます。主のことばを聞くことは同時におそれ多く、同時に喜ばしいことです。私たちの罪をご存知でそれを気になさる、しかしなおも近づき語られる方のことばです。サムエルへの伝言は、2章の終わりで別の預言者がすでにエリに伝えた内容と同じでした。例えば13節「わたしは、彼《祭司エリ》の家を永遠にさばくと彼に告げる。それは息子たちが自らにのろいを招くようなことをしているのを知りながら、思いとどまらせなかった咎のためだ。」エリは、すでに受けていた神のことば(聖書)を信じないと選んでいました。息子たちが犯している罪は「自らにのろいを招くようなこと」と分かりながらも、生半可に忠告しただけでした。

 しかし今度、少年サムエルは何十年も年上のエリ先生にこの強い知らせを告げるように言われて、いました。15節によると、彼はまた寝て、朝の作業をしつつ、「この黙示のことをエリに知らせるのを恐れた。」でも16節でやっと、本当にエリがサムエルを呼び、サムエルは恐る恐ると、もう一度「はい、おります」と応答します。17節でエリは、当時のろいのような警告を添えて、主のことばを教えなさいと命じます。

 そして18節でサムエルが正直に全てを明かしたら、エリは素直に受け入れました。サムエルの勇気もありますし、エリの従順も現れます。これも主の助けにより、すんなりと進みます。

31921節 主に召された預言者サムエル この章の最後の3節では、イスラエルの新しい時代が、サムエルを成長させ語らせた主のことばで始まったと述べます。イスラエル全体にわたり、彼の評判は広がりました(20節)。なぜなら、19節「主は彼とともにおられ、彼のことばを一つも地に落とすことはなかった。」主はサムエルに語らせることばを、必ずなるように、させたということです。※⑶もっと言うと、21節のとおり、主は「主のことば」をサムエルにを預けて、それがイスラエル全体の人を助ける預言となりました。

私たち この話から、サムエルの従順な聞き方を学ぶこともできますが、この章は主のことばが主によって、人に届いたことをも教えます。そしてサムエル以上に、今の私たちは神様の啓示の特権に預かっています。

 神様が究極の言葉で近づいて、この世に入られ、さらに語られました。ヨハネの福音書1章14節以降で、「ことば」とも呼ばれる主なる神について聴きましょう。(新p175)「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

 繰り返しですが、主のことばを受けることは同時におそれ多く、同時に喜ばしいことです。イエス・キリストは神様の正さを語り、行われました。エリができなかったこと、サムエルが恐れたことを大胆になさいました。罪はあからさまな犯罪だけでなく、心に潜む欲張りにも赦さない心にも、神様を軽んじる思いにもあると、まことを語られました。この恐ろしいメッセージに、自分は良い人だと勘違いして自負していた人々は怒りました。

 しかし、キリストは神様の愛を語り、また行われました。罪の深さを指摘した上で、愛を示してくださいました。ご自分に信頼して神様に近づこうとする人の代わりに罪の結果、神様からの拒絶と苦しみの罰全てを受けて、対処してくださいました。そしてサムエルのそばに立ってくださったように、今度、聖霊様を通して人の心にまで入り、語っておられます。私たちがイエス様の隣に立たされて、神様に紹介されて、近づけられています。

 二つの適用の質問をしたいと思います。

1)あなたは主のことばを聞いていますか。日常的に、聖書のことばを聞いたり読んだり、思い返したりしていますか。神様がそのことばを通して近くにおられることにおそれと喜びを覚えていますか。

2)あなたは主のことばを分かち合っていますか。私たちは預言者と言えなくても、イエスの証し人とさせていただけます。主が共におられます。イエス・キリストを通して、義も恵みを語ってくださいました。クリスチャンは、罪を犯している人に神様の教えを、柔和に、愛を表しつつ伝える、最も難しいコミュニケーションの使命を受けています。しかし、エリはサムエルの預言を聞いて、受け入れました。神の聖霊様が今もそう働いて、どのように私たちを用いるかを期待したいと思います。

説教について

振り返り:あなたは主のことばを聞いて、分かち合う機会を用いていますか。

参照箇所:申命記18:18-22、ヨハネ1:14-18、ヘブル1:1-2

注 ※⑴David Toshio Tsumura, The First Book of Samuel, NICOT (Grand Rapids, MI: Eerdmans, 2007),175.

※⑵この多くは、ジャック・クランペンハウワー著『見せようイエスさまを 福音に生きる子どもたちを育む』(楠望訳、いのちのことば社、2024年)の第1章にある考察から来ます。

※⑶ 東京の聖書宣教会神学舎の津村俊夫先生が注解書で指摘するように、これは申命記18章18〜22節で本当の預言者を分かる基準でした。Tsumura, The First Book of Samuel, 183.

鳴門キリスト教会
礼拝内容(説教)