2024年クリスマス・イヴ燭火(キャンドル)礼拝 Christmas Eve Service 「照らされる」 ”Shone Upon”

2024年12月24日(火)の午後7:30に蝋燭(ろうそく)を灯して、クリスマスの讃美歌を歌い、クリスマスの由来を覚えます(安全のため、お集りくださる方に電気キャンドルをお配りします)。We hold electric candles for safety reasons but still celebrate Jesus, the Light of the World, from 7:30 pm Christmas Eve. Welcome!

イエス様がお生まれになったことを共に祝いましょう!クリスチャンでなくても、ご自由にお越しください

式順 Program

前  奏 讃美歌 (Hymn) 97「朝日はのぼりて」より

朗読(招き) イザヤIsaiah 60:1~2 <暗黒に栄光が>

祈  り

朗  読 イザヤIsaiah 9:2・6~7 <闇に、王の栄光が>

讃  美 賛美歌 (Hymn) 94番「久しく待ちにし」1・2節  

朗  読  ルカLuke 1:24~38 <マリアへのみ告げ>  

讃  美 賛美歌95番「エサイの根より」2節

朗  読  ルカLuke 1:76~79 <ザカリヤの預言>   

讃  美  賛美歌112番「諸人こぞりて」1・3節

朗  読  ルカLuke 2:1~5 <人口調査と旅>        

讃  美  賛美歌115番「ああベツレヘムよ」1節

朗   読  ルカLuke 2:6~7 <誕生>           

講壇横のろうそく点火、全員のランプ点火

讃  美  賛美歌109番「きよしこの夜」1・3節           

朗  読  ルカLuke 2:8~11

お  話 「照らされる」 ”Shone Upon”              

祈  り                      

讃  美  賛美歌98番「あめには栄」1節

祝  祷 民数記Numbers 6:24~26

後  奏 

お話

ルカLuke 2:8~11 「照らされる」

 羊飼いたちはイエス様の誕生の夜に「夜番をしていた」とあります。いつもと同じ、地道でしんどい作業でした。外にいる羊を常に見守っていないと、獣が襲ってきます。なので必要です。特に楽しみもなく、近所さんに尊敬されず、褒められることはなかったでしょう。夜なので、当然、周りは暗かったです。

 突然、「主の使い」(天使)が現れて、「主の栄光が周りを照らした」のです(9節)。電灯など見たこともない羊飼いたちにとって、突然の栄光(光)に照らされると、どんなに大きな衝撃だったでしょう。無理もなく、「彼らは非常に恐れた」と9節が続けます。

 もしあなたが暗闇の中で突然照らされたら、どう感じますか。もし迷子だったら、「助かった」と思って嬉しいかもしれません。けれども特に問題ないと思っているときだったら、いきなり照らされると迷惑に感じるでしょう。あるいは羊飼いたちのように、怖く感じるかもしれません。

 聖書が何度も神様は光であり(第一ヨハネ1:5、ヨハネ1:4-5など)、光をもたらすと言っています。ところが人間の神に対する反応とは、「自分の行いが悪いために、人々が光よりも闇を愛した」とヨハネの福音書3章19節に書かれています。

 最初の人間アダムとエバが神様に反抗して、命じられた事に逆らった次の行動は、身を隠すことでした(創世記3:6-8)。人間同士の間で恥もありましたが、特に神様には会いたくないという恥と恐怖が生じました。隠れることができるので、闇は恥と罪ある人には心地よいです。(まるで、チョコレートを万引きして、隠れて食べていたところ、懐中電灯が照らされると顔にチョコレートの残りがついているように、照らされるのを避けたいです。)

 羊飼いたちは別に、天の使いが現れた時点で罪悪を意識して隠れていた訳ではありません。でも神様の天使によって、照らされるとまず怖がりました。しかし、天使は慰めました。

ルカ2:10-11「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」

 羊飼いたちがその瞬間罪を意識しなかったにしても、彼らにも「救い主」が必要でした。それは聖書を見ると、罪からの救い主です。羊飼いたち私たちも自分勝手に生きて、人と神を蔑ろにする罪びとです。だから天の栄光に照らされて、指摘や刑罰を受けるはずです。でも、羊飼いたちは代わりに喜びの知らせを受けました。私たちにも、同じ良い知らせが届きました。

 羊飼いたちの反応は15節にあります。

15節「さあ、ベツレヘムまで行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見届けて来よう。」

 神様からの知らせを有り難く受けて、信じて、行って見ることでした。生まれたばかりのイエス様に出会いました。そして20節のとおり、それは最高の決断でした。「羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。」彼らはその夜に見た赤ん坊の将来を深く理解できていなかったと思いますが、自分たちを助ける王となるという知らせを信じて、喜びました。

 私たちはどうですか。羊飼いたちより遥かに多くのことを、新約聖書から告げられています。即ち、主イエス・キリストは大人となり、罪びとが受けるべき暗闇の結果、罪の刑罰を十字架の上で受けられました。和たちの恥と罪の結果すべてがそこで露わにされました。その時、イエス様は異様な日中の暗闇の中だったそうです(ルカ23:44-45)。でもその結果として、イエス様に信頼して、自分を委ねる者は、罪を赦していただき、神の光に照らされて歩むことができます。

第一ヨハネ1:7「もし私たちが、神が光の中におられるように、光の中を歩んでいるなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血がすべての罪から私たちをきよめてくださいます。」

 イエス様は実際に罪から、罪の結果の暗闇から救う王(キリスト)です。私たちは羊飼いたち以上に、讃美して、神様に照らされて、帰ることができます。

鳴門キリスト教会
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