
2026年5月3日 説教「聖霊によるバプテスマ」 “Baptized with the Holy Spirit”
箇所 Text:使徒 Acts 1章3~8節(新p232)聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会 説教者:百瀬ジョザイア 讃美歌/Hymns:67、185、204-1,3,4、393、540番 招詞/Call to Worship:詩篇 Psalm 46篇10~11節 交読文/Line-by-line responsive reading 10番 詩32篇(Psalm 32)
English Aids: Scripture (ESV Bible), Japanese hymn transliterations (some songs may be missing)
聖書は、「若者も疲れて力尽き、 若い男たちも、つまずき倒れる」と述べます(イザヤ40章30節)。同時に、しずまり神の救いを見るように招きます(今日の招詞)。そして若くて元気は当然ながら仕事や子育てで大変ですが、中年、高齢者、後期高齢者はさらに、弱さを感じる日々が多いでしょう。身体・精神的にそうですし、霊的にも、思い切って良い事を使用とします。神様の愛を誰かに示そうと思ったとしても、アンパンマンのようにボロボロになり、疲れ果ててしまいます。唯一の望みは、私たちの外から来る力です。それは、イエス様が復活して、地上で残された時間でどうしても弟子たちに伝えようとしたことでした。
【復活後の教え】
- まず、3節でイエス様は確かに復活したことを証明されました。
- 「数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。」疑う余地はない、と後から「証人」となる彼らに集中して会ってくださいました。
- 期間は「四十日間」と、神様がよく試練の期間や待つ期間として用いられた期間でした。
- そしてイエス様は死の前同様に、「神の国」を取り上げました。その王国の王はイエス様御自分です。最終的に、イエス様はそのご支配を喜ぶ民と完全にされた世界を治めてくださいます。神の国の王なるイエス様が地上での教えと奇跡、死と復活で始めてくださいました。将来にイエス様が再臨してくださって、世を造り変え、民をそこに導き入れる先の時で完成です。※⑴ イエス様はそれについて教えてくださいました。
- 4節「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい」はイエス様のご命令でした。急いで出かける必要はありません。まず、静まって神様の動きを待ちます。…それは、イエス様が死の前にも告げられました。すなわち、5節にあり、すでに約束されていた聖霊様のご到来を待ちます(ヨハネ14章16・17節参照)。
- 5節「ヨハネは水でバプテスマを授けましたが、あなたがたは間もなく、聖霊によるバプテスマを授けられるからです。」実は、聖霊様の働きは昔にまでに遡ります。
- 永遠の神様であられ、創世記1章でも天地創造をなさいました。
- 旧約聖書でも、神様は聖霊様が人の心を神様に向かわせると教えてくださいました(エゼキエル36章26~27節)。しかしさらに、神様が王や祭司に特別な指示を出すと、そのために聖霊が降りられ満たしました。(「油注ぎ」、「メシア」という肩書の意味もそうでした。)そして聖霊が彼らに降りて満たして、使命を果たさせてくださいました。
- 同様に、イエス様は水のバプテスマ(洗礼)をお受けになった直後に、聖霊様がその上に降られ、満たし、神の国を宣べ伝えてまた奇跡で示す力を下さいました(ルカ3章21~22節)。今度は油注ぎではなく、バプテスマの水と目で見える聖霊をお受けになりました。
- さらに、イエスにバプテスマを授けたヨハネは、イエス様が他の人に聖霊によるバプテスマを下さる、と予告しました。マルコ1章8節(新p65)「私はあなたがたに水でバプテスマを授けましたが、この方は聖霊によってバプテスマをお授けになります。」
- キリスト教会で行われる水によるバプテスマも、洗い清められることだけでなく、新しい立場と歩みを聖霊様の助けによって歩むことを意味します。つまり、聖霊によるバプテスマを指します。
- 6節で使徒たちはイスラエルの再興・再建について尋ねました。彼らは、神様が神の国においていつ動かれるかを知りたかったです。イエス様は7節で具体的な「いつとか、どんな時とかいうこと」を教えない代わりに、近い内にイスラエルを含む約束が果たされると言いました。
- それは8節の意味です。「しかし、聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。」
- イエス様の洗礼の時からイエス様を満たして、教えと奇跡を行わせた聖霊様は今度、使徒徒たちが王なるイエスの良い知らせを広める使節・証人とならせてくださいます!
- これを現わす表現が先に出た「聖霊によるバプテスマ」(3節)です。
- なぜ聖霊様が必要か?第一に使徒たちが、世界中に行って(マタイ28章19~20節で先週見たように)イエス様の弟子となる様に人に証言させる必要がありました(だからこそ、3節のとおりに使徒たちこそにイエス様が現れました。)。人の心を変えて、さらにイエス様の弟子として神の国の民とする必要がありました。そのために、聖霊が不可欠でした。
- そして二次的に、全てのクリスチャンが神様の召しに応答して、世界中でキリストの弟子として歩み、他の人にもキリストの弟子の喜びに招く証人となります。私たちも、聖霊様の助け、働き、バプテスマが不可欠です。
- 聖霊によるバプテスマは不可欠な力を与え、教会の歩みと密接につながっています。
- 礼拝。イエス様を通して祈り、礼拝するように。(ローマ8章26節、ピリピ3章3節)
- 交わり。キリストのからだである教会で仕え合えるように。(第一コリント12章、エペソ4章16節)⇒私たちが「奉仕」するのは、聖霊様の助けによるのです。こうして、共に成長します。
- 伝道。イエス様について証しし、人の救いを見るために。(ここ、使徒2章、第一コリント12章3節)今日の箇所で特にこれをイエス様が強調されます。使徒たちの証言を私たちが信じるだけでなく自分でイエス様の愛を経験して、証言します。
【適用】
- 聖霊様がクリスチャンにすでにバプテスマを下さっていますが、私たちはそれを存分に楽しんで生きているのでしょうか。全てのクリスチャンに、霊的な賜物が与えられています。私たちが弱く感じても、昔のダビデ王のように、神様の力によって、自分を通してイエス様の証しをして行けます。家族に、同僚、近所の方にイエス様を示す使命だけでなく、助けをも、頂いているのです。でも、それを用いないで、怠けて諦める、又は疑って恐れることもあります。
- 疲れて、神の国の素晴らしさは今の快適さに優らない、もういいやと諦めるかもしれません。
- 疑うかもしれません。教会で人が減っていくばかりなのか…教会を離れていく人は多いのではないか…自分も成長しているのだろうか。私も同じ悩みがあります。神様の約束を疑う、自己中心な思いがあります。
- しかし、イエス・キリストが十字架で死なれた際も、聖霊の力によって最後まで耐え忍び、疑い深い私たちのような者の代わりに神の罰を受けてくださったことに変わりありません。復活して、天から聖霊様を下さいました!神の国の喜びに導き入れてくださる、そうしようとしておられます。
- 聖霊様がどのように働いてくださるか、予測できません。しかし、その力と恵みを信じましょう。礼拝、仕え合う奉仕、伝道…自分たちには不可能なことです。しかし、聖霊を受けるバプテスマによって、聖霊様が私たちの内に、また私たちを超えて、行わせてくださいます。神様を喜び楽しみ、誉めたたえるように、聖霊様の助けにより頼みましょう。
説教について
振り返り:自分でなく聖霊様の力に頼って、神に期待して、イエス様を証ししようと思いますか。
参照箇所:ヨハネ14:16-17、使徒2、ピリピ3:3、第一コリント12、エペソ4:16
注 ※⑴ 今、入られます。将来入ることも視野にあります(マタイ7章21節など)が、すでに今、入り、受け、実践することができます(マタイ13章44節・23章13節、ヨハネ3章5節、ローマ14章17節)。