
2026年1月4日 説教「初めに、終わりから」 “The End, at the Start”
箇所 Text:エペソ人への手紙 Ephesians 6章21~24節 聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
説教者:百瀬ジョザイア 讃美歌/Hymns:66、187、142、403、540番 招詞/Call to Worship:章~節 交読文/Line-by-line responsive reading
English Aids: Scripture (ESV Bible), Japanese hymn transliterations (some songs may be missing)
年の初めに、目標を立てることがあるかと思います。できるだけ実りある年にしたいです。そのために前年を振り返ったかと思います。一年間の時間約8,800時間弱を使って、どんな結果が出たか…やはり、優先順位が大事です。信仰、家庭、健康、家計、友人、趣味などの大切な事が昨年の終わりにどうなっていたかを再確認して、軌道修正して新年の目標を持つことができます。
本日、一年半ほど前から少しずつ見てきたエペソ人への手紙の終わりを見ます。この年の初めに、この手紙の終わりから入るのはふさわしいと思います。キリストを信じる者にとって大切な事を確認して、新年に臨む機会を与える箇所です。二つの優先すべきことがここにあります。教会の中の愛、そして神様からの恵み豊かな祝福です。
一、教会中の愛(21~22節)
- 教会の愛は、パウロの単純な紹介から伺えます。
- 「私の様子や私が何をしているかを、あなたがたにも分かってもらうために、愛する兄弟、主にある忠実な奉仕者であるティキコがすべてを知らせます。」このティキコはもしかしたら他の箇所に出て来るティキコかもしれませんが、定かではありません。
- ティキコはパウロをよく見聞きしていたから、エペソの信徒に伝えることができました。
- ティキコを派遣する目的は…22節「ほかでもなく、あなたがたが私たちの様子を知って、心に励ましを受けるためです。 」
- 教会の中の愛は、使徒信条でも告白する「聖徒の交わり」。教会の中で、共に時間を過ごし、悩みや喜びを分かち合うことはとても大切です。
- 使徒の働き2章の終わり42~46節で初代教会は「交わりを持」つ共同体だったとあります(42節)。時間を共有し、悩みも喜びも食事も共有しました。イエス・キリストを共に受けた者には、交わりが生まれました。エペソ4章3節「御霊による一致」があります。お互いに背景や性格の違いがあっても、間に問題があっても、まだ互いに繋がり合っています。4章25節でパウロは「それぞれ隣人に対して真実を語りなさい。私たちは互いに、からだの一部分なのです」と言います。(5章30節参照)
- ティキコの話を聞いて、パウロのことを知ろうと思った教会はさらに、「心に励ましを受けるため」であったのです(6章22節)。誰かが教会の交わりから離れたら、祈り、声をかけるなど、私たちは気にするように教えられます。誰かがキリストにあって成長すれば、羨ましがる代わりに喜び励まされるように教えられます。
- エペソ4章15、16節のとおりに「愛をもって真理を語り」歩む教会は、成長します。
- 今年、クリスチャン同士が互いに気にかけて、祈り、愛をもって真理を語り合うことができますように。
二、神様からの祝福(23~24節)
23と24節は、パウロがほとんど度の手紙の締め同様に祝福です。私たちの礼拝にもある「祝祷」の基となるものです。呼び方は「祷」、祈りですが、神様からの祝福の宣言と言って良いです。私たちが何かすれば、得られる祝福や、不確かな願い事ではありません。神様を信じる民に約束される祝福です。
- 23節「信仰に伴う、平安と愛が…」クリスチャンは信じたら、平安と愛を受けるというただの因果応報ではありません。すべては神様からの祝福です(エペソ2章8節参照)。※⑴
- 信仰は神様、そしてイエス・キリストを神として、救いの土台として信頼を置く想いと歩みです。自分に頼るのをやめて、神に対する反抗の罪の償いと赦しのためにイエス・キリストに拠り頼む者は、平安と愛を受けます。
- 感じていないときでも、受けているから、一年の不安や葛藤の中で、神様によって大切にされていることは変わらず、安心することができます。
- 「父なる神と主イエス・キリストから、兄弟たちにありますように。」
- 私たちはどの背景から来ても、兄弟姉妹たちです。近年、私たちの間に多くの海外の方も来ています(自分もそうです)。また社会経験や家庭の状態など、本当に色々ですが、私たちは最も大切な家、実家として天の家族を持っています。
- 父なる神様がおられ、お兄様、王なるイエス様が中心です。その神様から、平安と愛が注がれます。祝福は他のもの、経験、人から流れません。ただ、父なる神から、イエス・キリストのゆえに、聖霊様に届けられて、来ます。
- 24節 「朽ちることのない愛をもって私たちの主イエス・キリストを愛する、すべての人とともに…」23節と似ています。
- 「朽ちることのない」という表現は聖書では、将来、イエス・キリストが地上に戻って来られ、全人類が復活する際、キリストを信じてきた人に与えられる永遠のいのちの状態を表します。※⑵
- 私たちの愛が私たちから生まれて、そのように朽ちることがない、はずはありません。聖霊様が私たちに注いでくださった愛(ローマ5章5節)が湧き出て天に向かってほとばしるのです。永遠のいのちを持って、神様を永遠に喜ぶことのできる者は、永遠の愛で愛されて、自分たちに永遠のいのちを下さる「主イエス・キリストを愛する」者です。
- 第一ヨハネ4章10節(新p483)「私たちが神を愛したのではなく、 神が私たちを愛し、 私たちの罪のために、 宥めのささげ物としての御子を遣わされました。 ここに愛があるのです。」
- 24節「…恵みがありますように。」私たちは絶対で完全な神様から、惜しみない贈り物として平安、愛、恵みを受けられます。
- エペソ2章8~9節は大変大切な真理を教えました。「この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物です。 行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。」
三、恵みを受けて2026年を歩む
- あなたも私も、2026年に何か成功して、良い行いをして、神の恵みを得ることはできません。
- 「恵み」はイエス・キリストが完全な人生と十字架での死そして復活によって代わりに得て、聖霊様によって届けてくださる贈り物です。
- それを受ける方法は、単純に受け取ることです。今年は昨年のように、反抗していたことを憎み、神様を愛して、神様の赦しと助けを求める必要はあります。その赦しために、イエス・キリストが愛の故に、私たちの受けるべき呪いを代わりに受けてくださいました。私たちが獲得できない祝福を代わりに得てくださいました。分け与えてくださるとただ信じて、罪を告白して赦しと、心また歩みの刷新を求める必要だけあります。(今までそうしたことがないなら、今日にでも求めることができます。)
- 2026年に、皆さんは私にも、互いにも落胆することもあるでしょう。しかし、神様からの恵みを受けると、私たちは互いに恵みを分け合うための力をも受けます。教会の中の愛、そして神様からの恵み豊かな祝福が、今年益々皆様にありますように。
説教について
振り返り:聖徒の交わりに生きる愛と、神様の祝福の約束を受けるための信仰を、キリストに信頼して受け入れますか。
参照聖句:使徒2:42-46、エペソ2:8-9、4:3, 15-16, 25、5:30、第一ヨハネ4:10
註
※⑴ Comment on difference of translations: All English translations I see link faith with love only. Japanese Shinkaiyaku 2017 puts it with peace, as well: 「信仰に伴う、平安と愛が…」Greek allows for either, but “faith” comes after love in a way that seems to separate it from peace.
※⑵ ローマ2章7節、第一コリント15章42, 50, 53, 54節、第二テモテ1:10参照。