
2025年11月9日 説教「子どもたちよ、父たちよ」 “Children . . . Fathers . . .”
箇所 Text:エペソ人への手紙 Ephesians 6章1~4節 聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
説教者:百瀬ジョザイア 讃美歌/Hymns:75,301、261、544番 招詞/Call to Worship:詩篇 Psalm 148篇12~14節 交読文/Line-by-line responsive reading 17番 詩65篇 (Psalm 65)
エペソ人への手紙 Ephesians 6章1~4節
1 子どもたちよ。主にあって自分の両親に従いなさい。これは正しいことなのです。 2 「あなたの父と母を敬え。」これは約束を伴う第一の戒めです。 3 「そうすれば、あなたは幸せになり、その土地であなたの日々は長く続く」という約束です。
4 父たちよ。自分の子どもたちを怒らせてはいけません。むしろ、主の教育と訓戒によって育てなさい。
English Aids: Scripture (ESV Bible), Japanese hymn transliterations (some songs may be missing)
初めに
夫婦関係に続いて、親子関係の話です。これも同様に、私たちの心に深く刺さるかと思います。父なる神様が、子なるイエス様の福音をもって、聖霊なる神様を通して、私たちに悔い改めと信仰、そして癒しを与えられるようにと願って、備えました。
一、子どもたち(1~3節)
- 1節「子どもたちよ」は書かれた当時の家父長中心の社会では、画期的な語りかけでした。若くして亡くなる可能性の高い、社会的地位のない子供に向けての言葉は、教会の中の革命的な考えをほのめかします。
- 1節の続き「主にあって自分の両親に従いなさい。これは正しいことなのです。」
- 「自分の両親に従いなさい」は父親だけでなく母親にも、従うべきです。
- 「従いなさい」は聞き従う、応答して従うというニュアンスがあります。今の子育てでは教えられないかもしれないが、神様が家族の喜びと繁栄の為に命じてくださいます。
- ただ、「主にあって」によって、特別な動機付けが見えます。子どもの時から、主イエスと関係を持っていることをパウロは想定します。キリストを愛する子なら、親に心から聞き従うべきです。(神に背く命令と親に言われる場合など例外はありますが。)
- 子どもたちは教会の会衆に歓迎され、教会員として語りかけられている様子です。子どもの頃から歓迎され礼拝の中でも意識されるべき、大切な存在です。(エペソ5章30節のとおり「私たちはキリストのからだの部分だからです。」)
- 2~3節は十戒(出エジプト記20章12節、申命記5章16節)を引用して、1節は昔からある原則だと根拠づけます。神のこの教えは、教会でも該当します。
- 「あなたの父と母を敬え」と言うのは、「親に従いなさい」と言うのと同じです。
- 十戒にある約束「そうすれば、あなたは幸せになり、その土地であなたの日々は長く続く」をもパウロが指します。子どもは親に逆らいたいときもありますが、イエス様が言われたのは「柔和な者は幸いです。 その人たちは地を受け継ぐからです」(マタイ5章5節)。新しい天と地を下さると言う主イエスを信じて、主にあって、親に柔和な態度で従うのは幸せの道です。(虐待など例外的な状況もあり、従順な子どもが皆長生きしないという現実もあります。ここは原則の話です。)
二、親たち(4節)
さて、親はどうでしょうか。これは父親だけでなく母親にも当てはまります。
- 4節前半「父たちよ。自分の子どもたちを怒らせてはいけません。」
- 関連箇所コロサイ人への手紙3章21節の「苛立たせてはいけません」からもう少し分かりやすいかもしれません。
- 子どもが反抗して、勝手に怒ることもあり得るので、子どもが怒ったらそれは親のせいとは限りません。しかし、親は怒りや苛立ちを引き起こすような口調、余計な命令、強引や理不尽な要求を用いてないか吟味する必要があります。
- 関連箇所コロサイ人への手紙3章21節の「苛立たせてはいけません」からもう少し分かりやすいかもしれません。
- 4節後半「むしろ、主の教育と訓戒によって育てなさい。」
- 「主の」は主イエス様が下さる(聖書の)教育と訓戒、あるいは、主イエスの下で行う教育と訓戒、いわゆるクリスチャン世界観による教えを意味します。どちらも同じと言えます。親は子どもについて、神様から委託された権限の中で教える使命を受けています。絶対的な権利ではありませんが、大きな影響力を与えられています。申命記6章などが語るように、神を信じる親は子どもたちに熱心に、継続的に、神のことを教えるべきです。
- 「教育と訓戒」は積極的そして消極的な指導の両方を意味します。一方で良い事を教え込み励まし、もう一方で悪い事を指摘して止めるように諭す、「愛をもって真理を語り」(エペソ4章15節)の適用です。
- 親は、注意をしないといけません。この世の同調圧力から学校教育制度と方針までは、キリストに反する要素は沢山あります。いつまでも守ってはいられない。子どもが神の道を愛し、神を愛し、誘惑に立ち向かえる様に育つためには、親はまず弛まない祈り、聖書の熟読と熟慮で備えて、愛をもって真理を伝達する必要があります。言葉だけでなく歩み全体で。
- ちなみに、父なる神様は人間の親から投影されるといけません。逆に、私たちは親の理想を、真の父親なる神様から知ります。
三、神の家族の子どもとして
- 今日の箇所は誰にでも、心刺さることはあるでしょう。親子はイエス・キリストの主権と愛を信じ、立場にふさわしい形で互いに愛を示し合うべきです。しかし、私たちは罪びとであり、罪びとの家族を持ちます。家族を持つことが鬱陶しい、あるいは怖いという程に親子関係は痛みに満ちることがあります。
- 私たちは誰かの子です(でした)。親に対して、主イエスへの愛と従順ゆえに従わなかったことがあるでしょう。親から、理不尽な強要から多くの傷を負ったこともあるでしょう。
- 私たちの内の多くは、親です(でした)。子どもに傷付けられたし、子どもに負担をかけて怒らせたのでしょうか。主の教えを十分に教えて来なかったのでしょうか。十分に祈って来なかったのでしょうか。
- 今日の箇所の戒めは、私たちが恵みの知らせが必要なことをはっきりと伝えます。しかし、良い知らせがあります。究極の父、父なる神様、そして究極の子なる神イエス様の完全な平和、愛、義を私たちの罪また心の傷跡に当ててくださいます。
- エペソ書全体は教会の内にいる私たちを神の家、神の子どもと言います(1~5章)。
- ガラテヤ人への手紙4章4~6節(新p379)しかし時が満ちて、神はご自分の御子を、女から生まれた者、律法の下にある者として遣わされました。それは、律法の下にある者を贖い出すためであり、私たちが子としての身分を受けるためでした。そして、あなたがたが子であるので、神は「アバ、父よ」と叫ぶ御子の御霊を、私たちの心に遣わされました。
- イエス様こそお兄様として、十戒の第五戒を完全に守るために、イスラエルの「律法の下」に立ち、完全に父なる神の律法を守られました。
- 人間の「両親に仕えられた」のです(ルカ2章51節)。
- 「十字架の死にまで従われました」(ピリピ書2章8節)。完全に従えない罪びとの私たちの代わりに、子としての完全な義をもって従われました。
- 聖霊様が、イエス・キリストに自分を委ねる人を神様の子、「パパ」のように「アバ、父よ」と祈られる心を下さいます。
結び
罪を示され、心の傷に触れられたと感じるかもしれません。神様の家族に入れられた、教会の一人ひとりクリスチャンは、神様の赦しと、愛情込めて養い癒す父なる神に頼ることができます。イエス・キリストが間に立ってくださる、最高のお兄様です。神の家族に属するあなたは、まずイエス・キリストがお兄様として完全に従われて、あなたを神の子とする条件をすべて満たされました。。聖霊が「アバ、父よ」と叫ばせて、祈りに導き、成長させてくださいます。
クリスチャンでない方も、同じ様に神の子となることができます。その日が間近であることを祈ります。
親として、子として手遅れという後悔はあるかもしれません。しかし福音の力は神の力により、赦しと癒しを与えることができます。そのために祈ります。
説教について
振り返り:親子関係においてどの罪の赦し、また傷の癒しが必要と思いますか。神様を信じて、それを求めますか。
参照聖句:申命記6:4-7・20-25、コロサイ3:21、ガラテヤ4:4-6